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No.51

 
色絵正月遊戯畫花瓶
八代 深川 栄左衛門

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No.56


色絵龍文花畫耳環大花瓶

​八代 深川 栄左衛門

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No.11


色絵龍文花畫花瓶

​八代 深川 栄左衛門


色絵褐地花鳥畫大皿
(香蘭社) 深川 栄左衛門

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No.10


色絵花鳥畫鉢
(香蘭社) 深川 栄左衛門

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No.57


色絵竹林畫大皿
(香蘭社) 深川 栄左衛門

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No9

八代 深川 栄左衛門 (1832~1889)

 天保3年(1832)、肥前有田に生まれる。江戸より代々続く窯の8代目。明治元年(1868)、それまで藩によって独占されていた陶磁器の海外輸出を民間の窯が独自に拡大して行えるように働きかけ成功する。明治3年(1870)には磁器製碍子の開発にも成功した。明治8年(1875)に深海墨之助、辻勝蔵らと香蘭社を設立、翌年のフィラデルフィア万国博覧会で有田焼の地位を揺るぎないものとした。明治12年(1879)、深海らが脱退し精磁会社を設立したのを機に香蘭合名会社を設立。その後も精力的に国内外の博覧会に出品を続け、有田窯業の発展に尽くした。


色絵花文花瓶
(香蘭社) 辻 勝蔵

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No.61

初期 香蘭社 (1875~1879)

​ 八代 深川栄左衛門、辻 勝蔵、深海墨之助、手塚亀之助らが明治8年(1875)に有田に創設した日本で最初の陶磁器会社組織。先年のウイーン万国博覧会での有田焼きの実績を踏まえ、政府の納富介次郎らの援助もあって、翌9年(1876)の米国フィラデルフィア万博を視野に有為の人材を結集してことに当たった。

 良質の碍子製造でも知られる。明治12年(1879)改組。


​色絵昆虫行列畫花瓶
精磁会社 

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No.12

精磁会社 (1879~1905)

​ 明治12年(1879)に香蘭社から離れた辻 勝蔵、深海墨之助、手塚亀之助らによって設立された陶磁器会社。商標は※に青。その良質な磁器製品は宮内省をはじめ各官庁や皇族、華族からの注文だけで売り上げの半ば以上を占めたという。明治10年代には高級日用食器を製作しており、鹿鳴館の晩餐会にも並べられた。ところが、明治20年代には会社設立当初の盟約にある結社の10ヵ年が過ぎたこともあり、中心となって会社を支えていた人々の相次ぐ退社、死去により会社は衰退。明治33年(1905)の台風の直撃を受け工場は崩壊、閉鎖された。


磁胎七宝蝶文花瓶
​初代 幹山 傳七

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No.16


色絵花鳥畫ティーセット
​初代 幹山 傳七

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No.15


色絵鵺退治畫花瓶
​初代 幹山 傳七

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No.63

初代 幹山 傳七 (1821~1890)

 文政4年(1821)、瀬戸に生まれる。彦根藩の湖東焼をへて幕末動乱の京都清水に築窯。京都府より「職業出精ノ者」として表彰されたのを皮切りに明治6年(1873)のウィーン万国博覧会、明治9年(1876)のフィラデルフィア万国博覧会など国内外の博覧会に出品、数々の賞を受賞した。宮内省より注文が入るほど質の良い色絵磁器に定評があった。

​ 有栖川宮家伝来の花図食器が世に知られている。


茶釉小花瓶

三代 清風 与平

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No.48


桃色釉小花瓶

三代 清風 与平

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No.49


灰釉小花瓶

三代 清風 与平

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No.50

三代 清風 与平 (1851~1914)

 嘉永4年(1851)京都に生まれる。二代 清風与平の養子となり、明治11年(1878)三代 を襲名する。明治9年(1876)、フィラデルフィア万国博覧会に初出品。以降、国内外の博覧会に多数出品し名声を得る。明治26年(1893)、陶工として初の帝室技芸員に選ばれる。

 平成29年(2017)3月、東京国立博物館所蔵《白磁蝶牡丹浮文大瓶》が国の重要文化財に追加指定された。


金襴手群仙畫六角大蓋物 対

七代 錦光山 宗兵衛

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No.20


藤畫花瓶
七代 錦光山 宗兵衛

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No.17

 S O L D 


花鳥畫花瓶
七代 錦光山 宗兵衛

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No.21


金襴手鳳凰図唐草紋千代香
七代 錦光山 宗兵衛

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No.19


雲丸龍蜀江文様花瓶
七代 錦光山 宗兵衛

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No.18

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No.62


金襴手花鳥風景畫花瓶
七代 錦光山 宗兵衛

七代 錦光山 宗兵衛 (1868~1927)

 慶応4年(1868)京都に生まれる。江戸時代より続く京都東山粟田口の錦光山窯は、父である六代目の頃から陶器の海外輸出を始める。明治17年(1884)家督を継ぎ、貫入の入った乳白色の陶器に細密な絵付けを施す京風の薩摩焼(京薩摩)で海外から絶賛される。また、焼絵付け用水金の応用法開発や様々な釉薬の発明など、意匠改革にも積極的であった。明治21年(1888)バルセロナ万国博覧会金賞、明治33年(1900)パリ万国博覧会金賞など数々の賞を受賞。

 錦光山の作品は住友春翠翁コレクションにも見受けられる。

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No.66

 
​金襴手群鯉畫向付
窯不明

​薩摩焼 (SATSUMA)

​ 慶応3年(1867)の第二回パリ万国博覧会で絶賛されて以降、鹿児島だけでなく日本の各地で乳白色の陶器に色絵、金彩を施した薩摩焼を模したものが造られるようになった。これらはSATSUMAと総称され、海外で巻き起こったジャポニズム旋風の中心に位置する。本家薩摩の沈壽官窯を初めとして、京都の錦光山窯、大阪の藪明山窯らが知られている。他にも神戸や九谷、横浜などでもSATSUMAは焼かれていたが、どの銘がどの地域で製作されたものか、特定は困難な場合が多い。

※解説中の西暦は、原則として明治5年(1872)以前の和暦との月・日のずれを無視し表記しています。

博物館内に展示していない作品も多数あります。順次展示していきますが、気になる作品がある場合はお問合せください。
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